移住者インタビュー まるSUN農園 佐藤家


2011年の秋に常陸大宮市の最北端とも言える盛金地区に移住してきた佐藤家一家。「まるSUN農園」と言う屋号で、無農薬・有機栽培で色々な野菜を育てる。道の駅で販売する一方で、地元の食のイベントの大量の里芋を引き受けていたり、最近では水戸の飲食店に直接卸なども始めている。筆者が知る限りにおいては茨城県北地域ではめっきり少なくなった奥さんも農業従事の多品目有機農園だ。今回は夫婦二人(佐藤勝さん、まどかさん)に同時インタビューしてみた。

古東「常陸大宮に移住してくることになった経緯は?」

まどかさん「子供のころから、左利きを矯正されたり、規則で縛られたり、なんだか「こうあるべき」だという押しつけみたいなのが馴染めなかったんです。自分の好きな事がやりたくて高校卒業してすぐに興味があったアパレル販売の仕事を東京で数年していました。」

勝さん「俺は高校でそこそこの進学校に入ったんですけど、全員が良い大学入学に向けておんなじ方向に突き進むのが急に強烈に違和感を感じてついていけなくなったかな。で、進学しないで卒業と同時に東京でバイトしながらバンド活動なんかしてましたね。」

まどかさん「私が23歳の時に仕事仲間に誘われて沖縄で働き始めた時に、バンド活動を辞めた勝さんも沖縄に来たんです。で私は仕事で忙しかったので「旅でもしてきなよ」って言ってたら、彼はサトウキビ畑でバイトしたり西表島に行ったり。」

勝さん「その時に農業っていうのを強く意識したかな。同時にお金に頼りすぎない自給自足的な生活にも憧れたんですよ。でもその実現場所に沖縄でと言うのはなんかピンと来なかった。で、自分一人先に静岡の方で、色々な農家さんのところで働きながら勉強してました。」

まどかさん「で、いよいよ自分たちでやってみようかという事になったのですが、場所が決まらずとりあえず古河市の私の両親の近くの空き家に入り、家庭菜園みたいなものから始めていました。でもその空家にもまわりの圃場もなんだか条件が合わず、移住先を探していた時に、市役所の対応や、紹介して下さった大家さんが本当に気さくで親切だったので、それまで色々見て回って決められなかったのに、役所の対応がおざなりだったり、大家さんとウマが合わなかったり…。それが常陸大宮に最初に見に来たその日にここを移住先に決めました。」

勝さん「ちょうどその頃に、上の子が生まれて1歳くらいだったので、自給自足的な生活への憧れはあっても現実的には生活するお金を稼がなくてはいけないので、移住してきて、まず俺は林業の仕事で雇われで働いていました。結構年齢の近い同僚もいて居心地も良かったし、ずっと一緒に働いてほしいと会社からは言って貰えて、正直迷ったけど1年で辞めました。」

まどかさん「やっぱり色々なところを転々としてここまで来たのは自分たちのやりたいような生活を実現するためだったからね。2人ともずっと若い頃から「何に」ってわけではないけど、世の中の既定路線みたいなものと戦ってきたし、食べていくためにって言うだけで理想としている生活を諦めたくはないなぁと。」

古東「で、農業をいよいよ本格的に始めたと。」

勝さん「そうです。でもやはり最初の頃収入が思ったように上がらない時は、短期的なバイトに行くこともありましたけどね(笑)。」

古東「その当初から今のまるSUN農園スタイルでの販売だったの?」

勝さん「いや、最初は地元のスーパー出荷や農協出荷などがメインでした。自分たちなりに野菜作りはやったことあっても、本業としてやるのは初めてだったし、技術普及センターや農協の指導やアドバイスを受けながら栽培・販売を始めた感じです。そのうち、助成金との絡みも出てきて尚更、栽培に関してはその点での制約もありましたね。それでも早い段階で地元の「関東一の大鍋で煮る芋煮会」と言うイベントで使う大量の里芋の生産契約を取り付けられたり、今につながる部分ももちろんあります。」

まどかさん「農業はじめて3年目に、近くに道の駅が新しくできました。その頃から徐々に出荷先の比率が農協から道の駅などにシフトチェンジしていきました。」

古東「道の駅だと自分で値段つけられるし、野菜の規格などもガチガチじゃないのは良いよね」

まどかさん「そうですね。勝さんはやっぱり家族を養うためにお金を稼がなくてはいけないという意識が強いみたいですけど、私的にはやっぱり自給的農園を中心とした生活があって、私たちのそういう生き方や取り組みに賛同してくれる人たちに野菜を買って貰えたらと言う想いが根底にあって、勝さんもやっぱり根底ではそうだと思うんですよね。値段や規格ももちろんあるんですが、作った物の売り方も、自分達のスタイルに合ったものでありたいと思うんですよね。」

勝さん「自分は結構振り切った生き方も出来るタイプだと思うんですよね。それこそとことんお金から距離をとった本格自給生活でもやれるとこまでやってやろうと思えるし、逆にお金のためと割り切って、ひたすら限られた野菜を農協出荷もやれるような気がするんですよね。でもやっぱり現実の生活の中で、家族もいるし、家族としての理想やついてこれる範囲もあるし。」

古東「へぇ、ちょっと意外なんだけど、農業で田舎に移住する人って、多くの場合、旦那さんが農業やりたい!って言いだして、奥さんが「え?大丈夫なの?」って不安を抱えながら覚悟を決めてついてくる見たいかパターンが多いと思うんだけど、どちらかというと佐藤家の場合は、勝さんの方が堅実路線なんだ?」

勝さん「なんだかんだ、妻の中でドーンとした芯みたいなものがあって、それを変えるつもりも、俺のやり方についてくるつもりもないですからね(笑)。」

まどかさん「へー、そういう風に思ってたんだ(笑)。逆に私は勝さんは頑固だなぁって思っているし、でも男の人ってそういうもんだって思ってきてたんだけど(笑)」

古東「夫婦二人でまるSUN農園スタイルって話するんじゃないの?」
まどかさん「もちろん自分たちの理想の生活スタイルみたいなものは、ちょっとしたタイミングで話することはあるけど、農園の仕事の事を二人で話すると喧嘩になっちゃうことが多いから(笑)。」

勝さん「普段の仕事を回していく中で、自分たちのやりやすいよう、妻の付いてこれる仕事の形に自然となってきましたね。」

古東「勝さんが忖度しながら今のまるSUNスタイルに徐々に落ち着いてきたと?(笑)」
勝さん、まどかさん「そういう事になるのでしょうか(笑)」

古東「そういう仕事の変化の中で、個人の人への野菜セット販売だったり、レストランのと直接販売も始まったと。で、どう?今の仕事スタイルに対しての想いとか、これからの目標とか」

勝さん「個人さんやお店のと直接やり取りしていると、その繋がりがとても楽しいですね。自分の趣味の音楽の話で盛り上がったりするし、野菜の感想も直接伝えてくれるし。仕事を通じてそういう喜びを感じられるのはいいなぁって思いますよね。」

まどかさん「勝さんは特に今まで、家族を食べさせるためにって色々、自分の趣味とか楽しみを我慢してきたところがあると思うんですよね。これからは仕事を通しての生活の中で、そういう楽しみも一緒に実現できるようになれたらなぁって思います。やっぱり自給的農園生活があって、賛同者としてのお客さんがいて、その中で楽しんで生活できる。それが実現できたら一番で、それ以上はあまり求めないかなぁ。もちろんその延長上にカフェができたらとか、将来娘と一緒にそのカフェで働けたらとかありますが、そこは付属的な願望かな(笑)」

古東「理想により近づくための、今後の具体的な取り組み予定とかある?」

まどかさん「まずは今、まるSUN農園の周りにいてくれるお客さんや応援者さんなどの点と点を、つなげてより広げていきたいですね。例えば、畑のイベントなどをしてそういう人たちに畑に来てもらって、もちろん畑や野菜のことも見てもらうし、その上で勝さんの音楽で遊んだり、私たち自身をより知ってもらえれば。それを踏まえてより共感してもらえたり、色々な方向で関係を深めていけたらいいなぁって思ってます」

勝さん「そうなの?いや、良いと思うし、そういうアイデアはジャンジャン出してくれていいんだけど、そういうのちゃんと実現していかなきゃだよね。」

まどかさん「そうだよね。まずは具体化だよね。」

勝さん「そういうの俺らだけでなかなかまとまらないけどさ、前のイベントでコラボしたYさんやEさんなんかのアドバイスもらってなんかだと、結構良い感じに出来てるじゃん。あなたはそうやって外部の人と一緒に作り上げていくの向いていると思うんだよね」

 

・・・・・・・夫婦の話は続く

 

インタビューの中で、勝さんが「俺らは行き当たりばったりだから」と言っていたし、パッと聞いた話の表面だけを見ると確かにその印象を受ける。しかし夫婦の中で芯となるものはしっかりと存在し、「あんまり突っ込むと喧嘩になるから」と言いながらも、お互いの考え方、動き方を尊重しながら、今の生活やまるSUN農園を作り上げてきたことが見え隠れする。最後に「移住してきた良かったと思う?」という質問に勝さんは「好きなことをやって生活できているんだから良いでしょう」とストレートな答えだった。


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